カットに隠された大切なもの。『ニュー・シネマ・パラダイス』
現代では、全国にたくさんある映画館。
昔の娯楽は、映画鑑賞でした。
自分の子供の頃の映画は、映画館もですがテレビやVHSやDVDで観ていました。
今では配信が主流になり
定額で映画を沢山楽しめる世の中になりました。
映画の楽しみ方は、
映画館の中でも幅広く種類を増やしています。
そして今回紹介する映画は、
古き映画の良き夢の溢れた可能性のつまった映画館のお話です。
簡単なあらすじです。
シチリアの小さな村で青春時代を過ごし、現在はローマで暮らす映画監督『サルヴァトーレ』。
彼は、ある日の深夜、地元にあった映画館「パラダイス座」の元映写技師『アルフレード』の訃報を聞きます。
思わず『サルヴァトーレ』は過去の思い出を回想します。
第二次大戦時、幼少時の『サルヴァトーレ』こと『トト』
彼が住んでいた村の唯一の娯楽は、「パラダイス座」での映画しかありませんでした。
『トト』も足しげく映画館に通いつめる毎日を過ごしていて、
特に映写技師『アルフレード』が籠る映写室に入り浸っていました。
当時のイタリアは検閲により、劇中でキスシーンなどがあると神父がベルを鳴らし、そのシーンのフィルムをカットしなければなりませんでした。
そのカット技術が巧みだった『アルフレード』を『トト』は尊敬していました。
最初のうち『アルフレード』は、『トト』の事を邪魔者扱いしていたものの
次第にふたりの間には世代の枠を超えた友情が芽生えていました。
ついには『トト』は映写技師の仕事を習うまでになります。
『トト』はカットしたフィルムを欲しがるも、配給会社に返却する際に元通りにする必要があると拒否されます。
そんなある日、『パラダイス座』でフィルムが焼けて火事が発生してしまいます。
『トト』の救出により『アルフレード』は一命を取り留めるも、視力を失ってしまいます。
代わりに『トト』が映写技師として働くようになり、成長するにつれ映画撮影に興味を持つと同時に初恋を経験していきます。
『アルフレード』は、そんな『トト』に「外の世界を見て来い」という助言を授け、ローマに旅立たせるのでした。
それから30年が経過し、映画監督となった『トト』こと『サルヴァトーレ』は、
『アルフレード』の葬儀に参列するため故郷に戻ります。
かつて入り浸っていた『パラダイス座』も閉館し駐車場になる聞き、寂しさを募らせていた『サルヴァトーレ』は、
『アルフレード』の形見を渡されます。
それは一本のフィルムで、かつて検閲でカットされたキスシーンをつなげたものでした。
という内容です。
いやぁめちゃくちゃいい話なんですよね。
未だに涙なしでは観られないです。
ワクワク楽しんでいた映画が、
裏ではこんな途方もない作業を行い。
それを上映する。
しかしその映画館も火事で一度は、喪失してしまうんですよね。
一度覚えてしまった映画の楽しい感覚は、
自分の中にも根強く未だに残っています。
そして映画内の誰もが僕たちと一緒で
映画という希望と夢に胸を何度踊らせたことでしょうかね。
伝えたいことを加工をしてしまい原作から離れてしまうのは、
表現の面で仕方ないことだと思います。
ですが、カットの場所や翻訳やタイトル等
宣伝の仕方などで誤解が発生してしまうのも事実としてあります。
『ぼくのエリ』という好きな映画があるのですが、
編集で大分誤解をあたえてしまうという点で
評価が別れる作品があるように仕方ない点もあるとは思います。
逆に、自主製作で『映倫』を通さずにテーマを大切にして作品を作る監督も居るというのも事実だったりします。
少し前に紹介した『ミスミソウ』の監督の『内藤瑛亮』監督等も代表的なはみ出し映画の担い手としては有名だと思います。
今回映画では、『映倫』によりカットされていても内容を本質的に変えること無く伝えることに長けた『アルフレード』が
どれだけ素晴らしい感性を持っていたのか。
そして『アルフレード』に学んだことを活かした『サルヴァトーレ』の関係性や愛は
次の世代に引き継がれ。
カットされたシーンが、どれだけ大切な意味を持っていたのか。
映画の中でも生きる人たちを写していたのか
映画の素晴らしさを感じます。
と言うわけで今回は、この辺りで。
配信サイトは、『Netflix』『U-NEXT』『Amazonプライムビデオ』にて配信されています。
そして、一部の映画館では名作として公開中となっております。
是非お手にとってみてくださいませ。
【予告編】